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8.シューター(2)
どんよりしている碧の横で、さくさくと話が進んで行く。
「そうかあ。どこにあるんだ、それ?」
『マーカーの階全てに、設置されています』
「わかった! 行こ、碧!」
陽と暁を横目で見ながら、碧は、しみじみと思っていた。
こいつらは、地獄の賽の河原で、積み上げた石を鬼に崩されたとしても、絶対に堪えないタイプだ。
そして、「行こ」と口にした時には、たいてい、暁の足は既に動いている。
今回も、そうだ。碧の返事なんか待たずに、暁の体は螺旋滑り台に突っ込んで行こうとしていた。
がしっ
碧の手が、間髪入れずに襟元をひっ掴んだ。
ほとんど、条件反射だ。
暁は、急にリードを引っ張られた犬と同じ反応を示した。
宙ぶらりんになった手足をジタバタさせて、振り返る。
「どうして止められたんだろう」って顔だ。
碧は、厳かに宣言した。
「待て。俺が先に行く」
また、螺旋滑り台を駆け上がるのは、絶対にごめんだ。
そうだ。しっかりしなきゃ。
暁が暴走し始めたら、永遠に素材集めは終わらないぞ。
しゃきーん
碧のモードが、本気に切り替わった音がした。
「案内板、マーカーの階って言ってたよね。じゃあ、ここは地下77階だから、81階まで降りればいいのか?」
念のため、確認する。落ち込みながらも、ちゃんと話は聞いていたのだ。
『はい』
「俺が先頭で、次が暁。陽は、後ろを頼む」
「あらん、アタシは?」
オネエネズミが、碧に絡む。
「もー。じゃ、暁の後ろね」
唇を尖らせながらも、ちゃんと返事をする碧だ。
様子を見守っていたド・ジョーが、にやりと片目を持ち上げた。
「よし。じゃ、行ってこいや」
最初から、この順番で滑れば、なんの問題もなかったのである。
「で、これ?」
『はい。こちらが、シューターの操作ハンドルになります』
外廊下の手摺の端に、大きな輪っかが付いていた。
円の中心点から、何本ものグリップが放射線状に突き出ている。
船の舵輪と同じデザインだ。
『西館は、Aの部屋前の手摺。東館は、向かい合った反対側に設置されているため、Jの部屋前に設置されています』
舵輪も、手摺と同じく、全て金ピカだ。
一見、豪華な装飾である。
ハンドルの下には、時計の文字盤に似たものがあった。
時計回りに、細かく数字が刻まれている。
1から100までだ。
『まず、赤のグリップを、行先の階数まで回して下さい』
突き出ている6本のグリップのうち、1本だけが赤く塗られていた。
それは、下の文字盤の、81の目盛りを指している。
なるほど。赤は、現在地。地下81階だ。
「よし!」
陽が、両手で舵輪を握った。
回そうとする。
だが、ぴくりとも動かない。
「え? これ、時計回りで合ってるか?」
『はい。反時計回りにも動かすことはできますが、10倍以上の力が必要です』
「私もやるよ!」
暁が、右横から、別のグリップを握った。
「ん~っ」
見かねて、碧も左から参戦する。
「なんだよ、これ。おっも……い……」
三人がかりだ。
カチリ カチリ
ようやく、ちまちまとハンドルが動き出した。
時計回りに8つ進み、90の目盛りまで到達する。
『行く先を指定したら、中心のボタンを押して下さい。起動します』
「オッケー。ぽちっとな!」
マダム・チュウ+999が、三人の間に割り込んで、舵輪の真ん中をぶっ叩いた。
全く戦力にならなかったくせに、最後をもっていくネズミだ。
ボボボボ……
作動音が、響き始めた。
どんどん大きくなる。
ダンジョン中に轟き渡るほどになったとき。
手摺の下から、赤い布地が宙に投げ出された。
バッ! バババ! バババーッ!!
放り出されながら、布地が、どんどん膨らんでいく。
もはや、爆音だ。三人とも、たまらず耳を両手でふさいだ。
ボワッ
赤い筏の道が、中空に渡された。
あたかも、巨人の舌が、べろりと垂れ下がったかのように。
「……シューターって、要は飛行機の脱出用滑り台だったんだね」
見渡した碧が、納得して呟いた。
「うん! ねえ、もう行ってもいい?」
暁の声が、下から聞こえた。
見れば、もう、滑り板に座り込んでいる。
スタンバイOKだ。
さっき止めたから、ちゃんと待っているんだ。
碧は苦笑しながら、手摺の間をくぐった。
体を横にすれば、問題なく通れる。
めりめり
大きく膨れたマダム・チュウ+999も、続いた。
ぼよん!
音を立てて、ピンク色のネズミが押し出されてくる。無茶苦茶だ。
陽は、ひょいと手摺の上に腰掛けた。
「じゃ、先に行けよ」
「ん、分かった。行ってもいいよ、暁」
「うわぁ……!」
碧がゴーサインを出すや否や、暁は滑り出した。
「待って~、暁」
ピンクのネズミが、後を追っていく。
碧も、両手で体を押し出した。
つるつるした斜面を、固いジーンズの布が擦っていく。
抵抗があったのは、最初だけだった。
二漕ぎ目で、すうっと加速した。
だだっ広い滑り板を、一気に直滑降して行く。
壮快だ。先行している暁も、そうとう速い。
楽し気な笑い声が聞こえてくる。
陽は、てんでに滑り落ちていく二人と一匹を眺めた。
見たことが無いくらい、広大な滑り台だ。
エアで膨れた滑り板の幅は、外廊下の半分くらいある。
両端は高くめくれ上がっているから、落っこちる心配はないだろう。
「よっと」
陽も、手摺の上から、シューターへと飛び降りた。
ぼよん!
滑り板が、大きく撓んだ。
ふわっ
滑っていた暁と碧の体が、一瞬、宙に浮く。
「わ!」
碧が、思わず歓声をあげた。
暁は、もう笑いっぱなしだ。
だが、反物を体に仕舞い込んだネズミは、体のバランスが偏っていたらしい。
「あら、あら、あら~っ!」
あれよあれよという間に、体勢を崩した。
ころころと横向きで転がり出す。
まるで、俵転がしだ。
速い。あっという間に、暁を追い抜かしてトップに躍り出た。
「すごーい! はっやーい! マダム・チュウ+999!」
大ウケしながら、暁が褒め称える。
体を張った一発芸だ。そう思った碧と陽も、滑り落ちながら、腹を抱えて笑った。
案内板も、一行の上に浮かんで、一緒に移動していた。
ピエロのお面も、転がり落ちるピンクネズミを笑顔で見下ろしている。
「ちが・うのよ・これは……わざとじゃなくて……。誰か、とーめーてえ……!」
もちろん、誰にも止められない。
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