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16.暴風(1)
トルソーは、完成品を身に纏っていた。
胴体だけのシンプルなマネキンが、華やかに変わっている。
さっきの騒ぎで、暁は、山ほどの衣裳を目にしていた。
それでも、見た瞬間、息を呑んだ。
群を抜いている。
「みかげちゃん、すごいね! マダム・チュウ+999も碧も、ほんとすごいね!」
幾千もの言葉を尽くして褒め称えたいのに、すごいとしか出てこない。
感極まったせいだ。
ピンクがメインに使われている、クラシックチュチュだった。
張り出したスカート部分は、ピンクと白が綺麗に重なり合っている。
美しい華の花弁を模しているようだ。
胸元を飾っているのは、刺繍のブレード。
紋章を連想させるデザインになっていた。
高貴な姫君に相応しい。
醸し出される厳めしさを、所々に散らされた緑のリボンが和らげている。
若芽のごとく瑞々しい色目だ。愛らしいアクセントを添えていた。
素晴らしい。
まるで、貴い一本のバラが、チュチュに変化したかのような出来上がりだ。
「マダム・チュウ+999、大丈夫かあ?」
陽が、気づかわし気に声をかけた。
作業机の上に、ピンク色の伸し餅が、へばりついている。
溶解寸前のネズミだ。
「やり切ったわ……。アタシ史上、最高の出来よ。なによりも、みかげのデザインがよかったのね」
ピンク色のネズミは、よろよろと立ち上がって呟いた。
死力を尽くしたボクサーの目をしている。
よほど大変だったらしい。
あれだけ沢山いたみかげは、元に戻っていた。
トルソーの前に、一人だけ、ペラペラ立っている。
相変わらず、薄茶色のインクで描かれた絵みたいな姿だ。
だが、みかげは、生き生きと目を輝かせて言った。
「思ってた通りにできたわ。ううん、それ以上よ。オーロラ姫って、こんなイメージなの。かわいくて、生き生きとした、ピンクのバラそのものみたいな」
みかげは、熱を込めて語った。
嬉しさが零れ落ちそうな声だ。
あれ? なんか変だ。
碧は、ペラペラ人間をまじまじと見つめた。
みかげ本人が作りたかったように聞こえる。
それに、デザインしただって?
のっぺらぼうに頼まれて、手伝ってたんじゃないのか?
問い質そうとした碧は、急に息を呑んだ。
「どうした?」
陽も、碧の視線を辿って、絶句する。
みかげが、変化していく。
ペラペラのフィルムみたいな体が、どんどん厚みを増していくのだ。
色も、変わっていく。
セピア一色のアンティーク写真が、リアルなカラーへと色付いていく……。
「私に作れたのね。嬉しい……。私、こんなことができるんだわ」
まるで脳トレのクイズ問題だった。
気付かぬうちに変化している、あれだ。
いつしか、普通の人間の姿となったみかげが、そこに立っていた。
痩せぎすだが、背は、碧や暁よりも高い。
肩を越すストレートの黒髪に、品のいいワンピース。
確実に年上だ。
「みかげちゃんは、お裁縫が得意なんだね~」
暁だけは、にこにこしていた。
全然、気にしていない。
へえ、普通の人間にもなれるんだなあ。
「もともと好きだったの。それに、バレエの衣裳にムシを作ったりするの、自分でやってたから」
「虫を作るの?!」
人間のみかげは、声を立てて笑った。
素っ頓狂な暁の顔が、面白かったらしい。
「体型に合う位置に、ホックを引っかける部分を、糸で縫い付けて作るの。それがムシよ」
「へえ~、そうなんだ」
マダム・チュウ+999は、作業机に立って、黙って見守っていた。
二人とも、愛らしい少女だ。にこやかに会話をしている。
今なら、心に届くかもしれない。
手助けが、できるかもしれない。
そろそろ危険だもの。このままじゃ、この夢の世界に囚われてしまう……!
「そうよ、みかげ。やってきたことが、全て無駄になるわけじゃないわ。今後に活かす方法を見つけましょうよ。だって、もったいないじゃない?」
はっと、みかげが振り返った。
まるっきりカウントしていなかった相手から、ボールが投げられてきた。そんな表情だ。
ばっちん!
免疫無しで喰らったら、悶絶必至のオネエウインクだ。
箒みたいな睫毛が、バサバサと音を立てる。
だが、目は真剣だ。
洒脱な言い回しにも、真摯な思いが込められている。
「で、でも……だって……」
よかった。ちゃんと届いたようだ。
みかげは、おろおろと口ごもった。
わからない。どう返したらいいんだろう。
今後? 考えたこともなかった。
心に手を突っ込んで掻き回してみても、答えなんて入っていない。
悔しい。
どうしてなの?
自分のポケットに入っているのは、その二つだけ。
悔しい。悔しくてたまらない。私は、精一杯頑張ったのに。
どうして。どうして、選ばれたのは、あんな子たちなの?
どうして、私は選ばれなかったの?
暁達三人は、ネズミとみかげのやり取りに、不思議そうな表情を浮かべている。
みかげは、さらに動揺した。
どうしよう、何か聞かれちゃったら。
絶対に嫌だわ。説明なんて、したくない。
うろうろと、視線をさまよわせる。
ふと、トルソーに掛けられたチュチュに目が止まった。
その時だった。
カタカタカタ……
「えっ?」
静寂の中、音を立ててトルソーが細かく震え出した。
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