ダンジョンズA〔4〕花束の宴(裏メニュー)

4.噴水(1)裏メニュー

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4.噴水(1)

夕焼けチャイムは、鳴り続けている。
もはや、騒音レベルのけたたましさだ。

たまらずに、(もも)(あおい)は両手で耳を塞いだ。

さっきから、(あかつき)の足は、履いているジーンズごと青白い光に包み込まれている。

手に持ったティアラを差し出して、暁は碧に問いかけた。
すごい早口だ。さすがに焦っている。

「ねえ、これ、バッグから出しちゃったからかな?」

だが、我らが参謀の耳には、ちゃんと届かなかった。
「なに!?」
碧が、塞いでいた手を耳から外した。
「だから、」
その後が聞こえない。
だめだ。うるさ過ぎる。

がなりたてるチャイムの中、冷静でいられたのは(よう)だけだった。
油断なく辺りに目を配る。

暁の足が青白く光る。それは、あの世界からの招待だ。
「こっちに来い」と。

どこから来る?
エレベーターか?
いや、だいぶ距離がある。

どうやって誘い込んでくる?
螺旋(らせん)階段は、すぐ先だ。
だが、この間とは違う。今、自分達は降りているわけではない。

絶え間なく、視線を巡らせる。
阻止するんだ。必ず。

陽は、警戒しながら、じりじりと距離を詰めて、暁を背に庇った。
桃も、くっ付いてくる。
碧も腕が届く距離だ。
よし、大丈夫だ。

おかしい。
碧も、ようやく気付いていた。

誰も騒いでいない。

エントランスホールに集う人を、信じられない思いで見渡す。
まったく変わった様子はない。
まさか……。これが、聞こえていないのか?

みんなのなかで、いつだって真っ先にアクションを起こすのが、暁だ。
だが、今は、貴婦人の噴水を背に、じっと突っ立っているしかできなかった。

自分の足を、途方に暮れた思いで見下ろす。
青白い光は、もはや目が痛いくらいだ。
足は、びりびりと痺れている。
前回の比ではない。
どうしよう……。動けない。

何回もリピートする夕焼けチャイムは、四人の張り詰めた神経を、ざりざりと摩耗させていった。

「もういやだ、聞きたくない」
桃は、両耳を塞いで、いやいやをするように首を振っていた。
もはや、目も瞑ってしまっている。
確かに、これは耐えがたい拷問だ。

自分も同じようにしたい。碧は、その欲求を必死にねじ伏せた。
ちゃんと、見るんだ、周りを。

暁は、息を凝らして自分の足を見つめている。
痺れ過ぎて、もう感覚が無くなっていた。
胴体だけが途中から浮いている感じだ。
足のないお化けって、こんな感覚なのかもしれない。
それに、この青白い光。
人魂って、こんな色かもしれない……。

三人の視線の先で、青白い光は徐々に弱まっていく。

碧が、素早く目で陽に訴えた。
返事も早い。陽の顔に、一瞬で浮かんだ。
うん、分かっている。
前回もそうだった。
この光が止んだとき、みかげが来たのだ。

どこから、来る?

すうっ
暁の光が消えた。

と。
ぶちっ
チャイムの音が、唐突に切れた。

いきなり静寂が訪れる。
ものの一秒もなかった。そこに派手な水音が響いた。

後ろだ!

「暁!」
陽が叫ぶ。だが、遅かった。

信じられない。
噴水は、幼児用プールほどの深さしかない。
そして、さっきまで、貴婦人像は水のスカートを穿いていた。
ぐるりと取り囲んだノズルから、水がウエストめがけて放たれていたのだ。
それが、ない。

噴水が止まっている。
陽がそう気づいた時、噴水の中から何かが踊り出してきた。

みかげだ!

まるっきり、シンクロナイズドスイミングだった。
じゃばーん、という音を立てて、みかげは水面から飛び出てきた。

こんな場面でなければ、大笑いのコントである。
今日のみかげは、ペラペラ人間ではない。
ワンピース姿の女の子だ。

だが、高価そうな服からは、水が滴っている。
長い黒髪は、顔にべったりと張り付いていた。
そこから覗く目は、なんという禍々しさだろう。まっすぐに獲物を狙っている。

陽は、これでも最大限に警戒していた。
実際、振り向いて、その姿を捉えるまで、いくらも経っていない。

だが、その時には、狩りは完了していた。
みかげは、水面から飛び出るやいなや、真っすぐに暁の体に飛びついて、そのまま噴水の中に引きずり込んだのだ。

「きゃああああっ!」
桃が悲鳴を上げた。

暁の手から、ティアラが吹っ飛んでいく。
スポーツバッグもだ。ひっかけていた肩から外れて、どさりと床に落ちた。

とっさのことで、わけがわからない。
気付いたら水の中だ。
暁は、もがいた。
冷たい。深い。足がつかない? どうして?
そして、だれ?
全然振り払えない。すごい力だ。
誰かが、水の中で、自分の腰に両腕を巻き付けて、取りすがっている。

それらすべての疑問が、反射的に脳裏に沸き上がった。
だが、口に出す余裕は与えられなかった。

ずいっ
腰に巻き付いた腕が、さらに暁を水中に埋めた。
抵抗など、なんの役にも立たない。圧倒的な力だ。

「暁!」
碧も叫んだ。

暁の顔が、水面に引きずり込まれていく。
そのさまが、まるでスローモーションのように、碧の目に映った。
暁の口が、開く。
碧、と呼ぶときの形に。

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