ダンジョンズA 〔4〕花束の宴 (はなたばのうたげ)

27.王手(おうて)(2)

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27.王手おうて(2)

打(う)てる手(て)は打(う)った。
次(つぎ)で、チェックメイトだ。

スケスケに真下(ました)が見(み)える床板(ゆかいた)も、全(まった)く苦(く)にならなかった。
もはや、その上(うえ)をダッシュだ。

走(はし)りつつ、碧(あおい)は息(いき)を呑(の)んだ。
誰(だれ)も踊(おど)っていないぞ。音楽(おんがく)も止(や)んでいる。

まさか、終(お)わっちゃった?
一瞬(いっしゅん)、ひやりとしたが、すぐに気付(きづ)いた。

賓客(ひんきゃく)役(やく)の演(えん)者(じゃ)が、まだ舞台(ぶたい)に残(のこ)っている。
そして、演技(えんぎ)を続行中(ぞっこうちゅう)だ。さも楽(たの)し気(げ)に談笑(だんしょう)している。
きっと、次(つぎ)の踊(おど)りが始(はじ)まるのを待(ま)っているところなんだ。

自己(じこ)ベストの走(はし)りで、端(はし)に着(つ)いた。
下手側(しもてがわ)の舞台(ぶたい)袖(そで)に降(お)りる縄梯子(なわばしご)も、さっきのままだ。
素早(すばや)く足(あし)を掛(か)けて、がんがん降(お)りて行(い)く。

床(ゆか)に降(お)り立(た)った時(とき)は、ちょっと息(いき)が切(き)れていた。タキシードのタイも、ひね曲(ま)がっている。

陽(よう)と桃(もも)の姿(すがた)は無(な)かった。
えっと、どこ?

きょろきょろ
碧(あおい)が舞台(ぶたい)袖(そで)を見渡(みわた)した、まさにそのとき。
白(しろ)い壁(かべ)を突(つ)き抜(ぬ)けて、三ツ矢兄妹(みつやきょうだい)が飛(と)び出(だ)してきた。

「うわっ!?」
二人(ふたり)とも、速(はや)い。タキシードとドレス姿(すがた)なのに、暁(あかつき)に引(ひ)けを取(と)らない走(はし)りっぷりだ。

仰天(ぎょうてん)した碧(あおい)が、まだ飛(と)び上(あ)がっている間(あいだ)に、二人(ふたり)は駆(か)け寄(よ)ってきた。
陽(よう)が手短(てみじか)に尋(たず)ねてくる。
「碧(あおい)、オーロラは?」

瞬時(しゅんじ)に、碧(あおい)が平静(へいせい)を取(と)り戻(もど)した。
「ああ、OKだ。みかげは?」
「こっちもOK。可哀(かわい)そうだけど、棚(たな)に縛(しば)り付(つ)けてきた。あの壁(かべ)の向(む)こうに、倉庫(そうこ)があるんだ。そこにいたよ」

あの壁(かべ)、なにか仕掛(しか)けがあるのか。
案内板(あんないばん)の説明(せつめい)の方(ほう)が、早(はや)くて分(わ)かりやすいだろう。
一瞬(いっしゅん)で、そう判断(はんだん)した碧(あおい)は、胸元(むなもと)に飾(かざ)った花(はな)に早口(はやくち)で尋(たず)ねた。
「あの壁(かべ)と、奥(おく)の倉庫(そうこ)について教(おし)えて」

『はい。あちらの壁(かべ)は、一面(いちめん)、煙(けむり)壁(かべ)となっています。通(とお)り抜(ぬ)けて、倉庫(そうこ)に出入(でい)りができます。なお、あらゆる舞台(ぶたい)の道具(どうぐ)を揃(そろ)えているため、万(よろず)倉(そう)庫(こ)と呼(よ)ばれています』

なるほど。
頷(うなず)くと、碧(あおい)は舞台(ぶたい)の方(ほう)に歩(ある)き出(だ)した。
早(はや)歩(ある)きだ。はとこ達(たち)も、遅(おく)れず付(つ)いてくる。

陽(ひ)は、すっと横(よこ)に並(なら)ぶと、碧(あおい)の曲(ま)がったタイを一秒(いちびょう)で直(なお)した。
ほとんど無意識(むいしき)でやっている。
身(み)に沁(し)みついた、お兄(にい)ちゃん補正(ほせい)スキルだ。

碧(あおい)も気(き)にしていない。次(つぎ)の質問(しつもん)に移(うつ)っていた。
「演目(えんもく)の進行(しんこう)状況(じょうきょう)は?」
『加羅(から)みかげのエントリー。眠(ねむ)りの森(もり)の美女(びじょ)、 第(だい)3幕(まく)より、オーロラ姫(ひめ)とデジレ王子(おうじ)のグラン・パ・ド・ドゥ。アダージオとバリエーションが終了(しゅうりょう)。間(ま)もなく、コーダが始(はじ)まります』

「っていうことは、次(つぎ)でラストだ」
碧(あおい)が補足(ほそく)すると、三ツ矢兄妹(みつやきょうだい)の眉(まゆ)がユニゾンで曇(くも)った。

「ド・ジョーは?」
桃(もも)が、不安(ふあん)そうに兄(あに)を見遣(みや)る。
「まだみたいだなあ」
自動(じどう)演奏(えんそう)の手配(てはい)が完(かん)了(りょう)したら、合流(ごうりゅう)する手筈(てはず)だったのだが。

素早(すばや)く、碧(あおい)が機転(きてん)を利(き)かせた。
「花束(はなたば)の宴(うたげ)の演奏(えんそう)について聞(き)きたい。全(すべ)て、自動(じどう)演奏(えんそう)に切(き)り替(か)わったか?」

胸元(むなもと)に挿(さ)した花(はな)が、即答(そくとう)する。
『はい。ちょうど今(いま)』
「だとしたら、きっともうすぐ来(く)る」
そうか。二人(ふたり)とも顔(かお)を輝(かがや)かせた。

垂(た)れ下(さ)がった幕(まく)の向(む)こうが、ステージだ。
三人(さんにん)、お団子(だんご)みたいにくっ付(つ)いて、覗(のぞ)き込(こ)む。

軽快(けいかい)な音楽(おんがく)が始(はじ)まった。
デジレ王子(おうじ)が出(で)てきた。踊(おど)り出(だ)す。

「始(はじ)まっちゃった!」
と、桃(もも)。
「よし、行(い)こう!」
と、碧(あおい)。
「桃(もも)、あれ持(も)ってるな?」
「うん!」

三人(さんにん)は、一斉(いっせい)に幕(まく)から飛(と)び出(だ)した。
駆(か)け出(だ)す。真(ま)っすぐに、ステージのど真(ま)ん中(なか)へ。

……コーダが始(はじ)まったわ。
聞(き)き覚(おぼ)えのあるメロディに、みかげは顔(かお)を上(あ)げた。
鏡(かがみ)には、踊(おど)るデジレ王子(おうじ)が映(うつ)っている。

まず、このヒモをなんとかしなくては。
ぐるぐると体中(からだじゅう)に回(まわ)されて、棚(たな)に括(くく)り付(つ)けられている。足枷(あしかせ)のかぼちゃまでだ。

ヒモは、倉庫(そうこ)を漁(あさ)って調達(ちょうたつ)してきた、お祭(まつ)りの飾(かざ)りだ。
小(ちい)さな国旗(こっき)が、等(とう)間隔(かんかく)でくっ付(つ)いている。
それを巻(ま)き付(つ)けられているのだ。
なんだか、一風(いっぷう)変(か)わった芸術(げいじゅつ)作品(さくひん)が完成(かんせい)していた。

みかげは、身(み)じろぎしてみた。
やっぱり、だめだ。動(うご)けない。
何故(なぜ)だろう。体(からだ)全体(ぜんたい)が、何(なに)かに押(お)さえつけられているみたいに、力(ちから)が出(で)ない。

「案内板(あんないばん)、このヒモを取(と)る方法(ほうほう)を教(おし)えて」
でも、鏡(かがみ)の縁(ふち)飾(かざ)りに向(む)かって聞(き)けば、すべては解決(かいけつ)するんだから。
青(あお)いお面(めん)は、いつだって助(たす)けてくれる。

いつもより低(ひく)いトーンの声(こえ)が、返(かえ)って来(き)た。
女(おんな)の声(こえ)か、男(おとこ)の声(ごえ)か、分(わ)からない微妙(びみょう)なライン。
だが、みかげは、あきらかに声(こえ)が変(か)わっていることに気付(きづ)かない。

『大丈夫(だいじょうぶ)。あなたには、もうできる筈(はず)です。さあ、そちらに意識(いしき)を向(む)けて』
そちら。
詳(くわ)しく説明(せつめい)されなくても、なぜか分(わ)かった。
足枷(あしかせ)を見下(みお)ろす。
大(おお)きな、かぼちゃの実(み)を。

ふっ
意識(いしき)が吸(す)い込(こ)まれた。
視界(しかい)が低(ひく)くなる。床(ゆか)からの眺(なが)めくらいに。

ぼわん……
音(おと)が、くぐもって、ほとんど聞(き)こえてこなくなった。

そうだ。さっきも、そうだったわ。
棚(たな)に縛(しば)られるとき、しきりに何(なに)か言(い)われていたけど。何度(なんど)もこんなふうになって、よく聞(き)き取(と)れなかった。

助(たす)ける? 終(お)わったら。頼(たの)んでおく?
どうだっていいわ。
すまなそうな顔(かお)をしていたけど、やっていることは、これじゃないの。

しゅる しゅる しゅる……
みかげには、見(み)えない。
だが、小(ちい)さな音(おと)と共(とも)に、その実(み)に新(あら)たな変化(へんか)が訪(おとず)れていた。

細(ほそ)い緑(みどり)の蔓(つる)が、かぼちゃの頭(あたま)から伸(の)びていく。
足枷(あしかせ)の鎖(くさり)となっている、太(ふと)い蔓(つる)の根元(ねもと)からだ。
左右(さゆう)に、二本(にほん)。
それも、みるみるうちに太(ふと)くなった。

ぴたり
垂(た)れ下(さ)がって、床(ゆか)に着(つ)くところで、止(と)まった。
すると、みるみるうちに、茶色(ちゃいろ)く枯(か)れていく。
ちょうど、左右(さゆう)の蔓(かずら)で、Mの字(じ)を描(か)くような格好(かっこう)になった。

『ほら。その蔓(つる)は、あなたの手(て)。動(うご)かせるでしょう?』
左右(さゆう)の蔓(つる)の先(さき)っぽは、細(こま)かく裂(さ)けていた。
そう、まるで指(ゆび)のように。

みかげには、聞(き)こえていない。
だが、ゆっくりと、蔓(つる)が動(うご)いた。
巻(ま)き付(つ)いているヒモを、のそのそと取(と)り除(のぞ)いていく。

すると。青(あお)いピエロのお面(めん)が、こう続(つづ)けた。
『そして、その蔓(つる)は、あなたの足(あし)。その実(み)を引(ひ)きずり、墓場(はかば)に向(む)かうための』

くくく……
嘲笑(ちょうしょう)が、弧(こ)を描(えが)いた形(かたち)の口(くち)から流(なが)れ出(で)る。

いきなり。がらりと口調(くちょう)が変(か)わった。
『馬鹿(ばか)な奴(やつ)。鼻(はな)に茸(きのこ)を挿(さ)して踊(おど)って、暗示(あんじ)が強(つよ)まるわけはない。みんなそうだ。言(い)えばなんでも信(しん)じる』

冷(つめ)たい無表情(むひょうじょう)のお面(めん)が、侮蔑(ぶべつ)を込(こ)めて言(い)い放(はな)った。
『こいつも、もう終(お)わりだ』

閉(と)じていたみかげの目(め)が、開(ひら)いた。
意識(いしき)が体(からだ)に戻(もど)ってきたらしい。

無造作(むぞうさ)に、みかげは肩(かた)を揺(ゆ)らした。
それだけで、あっさりとヒモが千切(ちぎ)れて床(ゆか)に落(お)ちる。

「案内板(あんないばん)、ソネムネ・タムを扇動(せんどう)して。あの三人(さんにん)を阻止(そし)するように仕向(しむ)けて」

案内板(あんないばん)の声(こえ)は、元(もと)に戻(もど)っていた。
『はい。実行(じっこう)致(いた)します』

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