当サイトは広告を利用しています プライバシーポリシー

27.王手(2)
打てる手は打った。
次で、チェックメイトだ。
スケスケに真下が見える床板も、全く苦にならなかった。
もはや、その上をダッシュだ。
走りつつ、碧は息を呑んだ。
誰も踊っていないぞ。音楽も止んでいる。
まさか、終わっちゃった?
一瞬、ひやりとしたが、すぐに気付いた。
賓客役の演者が、まだ舞台に残っている。
そして、演技を続行中だ。さも楽し気に談笑している。
きっと、次の踊りが始まるのを待っているところなんだ。
自己ベストの走りで、端に着いた。
下手側の舞台袖に降りる縄梯子も、さっきのままだ。
素早く足を掛けて、がんがん降りて行く。
床に降り立った時は、ちょっと息が切れていた。タキシードのタイも、ひね曲がっている。
陽と桃の姿は無かった。
えっと、どこ?
きょろきょろ
碧が舞台袖を見渡した、まさにそのとき。
白い壁を突き抜けて、三ツ矢兄妹が飛び出してきた。
「うわっ!?」
二人とも、速い。タキシードとドレス姿なのに、暁に引けを取らない走りっぷりだ。
仰天した碧が、まだ飛び上がっている間に、二人は駆け寄ってきた。
陽が手短に尋ねてくる。
「碧、オーロラは?」
瞬時に、碧が平静を取り戻した。
「ああ、OKだ。みかげは?」
「こっちもOK。可哀そうだけど、棚に縛り付けてきた。あの壁の向こうに、倉庫があるんだ。そこにいたよ」
あの壁、なにか仕掛けがあるのか。
案内板の説明の方が、早くて分かりやすいだろう。
一瞬で、そう判断した碧は、胸元に飾った花に早口で尋ねた。
「あの壁と、奥の倉庫について教えて」
『はい。あちらの壁は、一面、煙壁となっています。通り抜けて、倉庫に出入りができます。なお、あらゆる舞台の道具を揃えているため、万倉庫と呼ばれています』
なるほど。
頷くと、碧は舞台の方に歩き出した。
早歩きだ。はとこ達も、遅れず付いてくる。
陽は、すっと横に並ぶと、碧の曲がったタイを一秒で直した。
ほとんど無意識でやっている。
身に沁みついた、お兄ちゃん補正スキルだ。
碧も気にしていない。次の質問に移っていた。
「演目の進行状況は?」
『加羅みかげのエントリー。眠りの森の美女、 第3幕より、オーロラ姫とデジレ王子のグラン・パ・ド・ドゥ。アダージオとバリエーションが終了。間もなく、コーダが始まります』
「っていうことは、次でラストだ」
碧が補足すると、三ツ矢兄妹の眉がユニゾンで曇った。
「ド・ジョーは?」
桃が、不安そうに兄を見遣る。
「まだみたいだなあ」
自動演奏の手配が完了したら、合流する手筈だったのだが。
素早く、碧が機転を利かせた。
「花束の宴の演奏について聞きたい。全て、自動演奏に切り替わったか?」
胸元に挿した花が、即答する。
『はい。ちょうど今』
「だとしたら、きっともうすぐ来る」
そうか。二人とも顔を輝かせた。
垂れ下がった幕の向こうが、ステージだ。
三人、お団子みたいにくっ付いて、覗き込む。
軽快な音楽が始まった。
デジレ王子が出てきた。踊り出す。
「始まっちゃった!」
と、桃。
「よし、行こう!」
と、碧。
「桃、あれ持ってるな?」
「うん!」
三人は、一斉に幕から飛び出した。
駆け出す。真っすぐに、ステージのど真ん中へ。
……コーダが始まったわ。
聞き覚えのあるメロディに、みかげは顔を上げた。
鏡には、踊るデジレ王子が映っている。
まず、このヒモをなんとかしなくては。
ぐるぐると体中に回されて、棚に括り付けられている。足枷のかぼちゃまでだ。
ヒモは、倉庫を漁って調達してきた、お祭りの飾りだ。
小さな国旗が、等間隔でくっ付いている。
それを巻き付けられているのだ。
なんだか、一風変わった芸術作品が完成していた。
みかげは、身じろぎしてみた。
やっぱり、だめだ。動けない。
何故だろう。体全体が、何かに押さえつけられているみたいに、力が出ない。
「案内板、このヒモを取る方法を教えて」
でも、鏡の縁飾りに向かって聞けば、すべては解決するんだから。
青いお面は、いつだって助けてくれる。
いつもより低いトーンの声が、返って来た。
女の声か、男の声か、分からない微妙なライン。
だが、みかげは、あきらかに声が変わっていることに気付かない。
『大丈夫。あなたには、もうできる筈です。さあ、そちらに意識を向けて』
そちら。
詳しく説明されなくても、なぜか分かった。
足枷を見下ろす。
大きな、かぼちゃの実を。
ふっ
意識が吸い込まれた。
視界が低くなる。床からの眺めくらいに。
ぼわん……
音が、くぐもって、ほとんど聞こえてこなくなった。
そうだ。さっきも、そうだったわ。
棚に縛られるとき、しきりに何か言われていたけど。何度もこんなふうになって、よく聞き取れなかった。
助ける? 終わったら。頼んでおく?
どうだっていいわ。
すまなそうな顔をしていたけど、やっていることは、これじゃないの。
しゅる しゅる しゅる……
みかげには、見えない。
だが、小さな音と共に、その実に新たな変化が訪れていた。
細い緑の蔓が、かぼちゃの頭から伸びていく。
足枷の鎖となっている、太い蔓の根元からだ。
左右に、二本。
それも、みるみるうちに太くなった。
ぴたり
垂れ下がって、床に着くところで、止まった。
すると、みるみるうちに、茶色く枯れていく。
ちょうど、左右の蔓で、Mの字を描くような格好になった。
『ほら。その蔓は、あなたの手。動かせるでしょう?』
左右の蔓の先っぽは、細かく裂けていた。
そう、まるで指のように。
みかげには、聞こえていない。
だが、ゆっくりと、蔓が動いた。
巻き付いているヒモを、のそのそと取り除いていく。
すると。青いピエロのお面が、こう続けた。
『そして、その蔓は、あなたの足。その実を引きずり、墓場に向かうための』
くくく……
嘲笑が、弧を描いた形の口から流れ出る。
いきなり。がらりと口調が変わった。
『馬鹿な奴。鼻に茸を挿して踊って、暗示が強まるわけはない。みんなそうだ。言えばなんでも信じる』
冷たい無表情のお面が、侮蔑を込めて言い放った。
『こいつも、もう終わりだ』
閉じていたみかげの目が、開いた。
意識が体に戻ってきたらしい。
無造作に、みかげは肩を揺らした。
それだけで、あっさりとヒモが千切れて床に落ちる。
「案内板、ソネムネ・タムを扇動して。あの三人を阻止するように仕向けて」
案内板の声は、元に戻っていた。
『はい。実行致します』



読んで下さって、有難うございます!
いかがだったでしょうか。以下のサイトあてに感想・評価・スキなどをお寄せ頂けましたら、とても嬉しいです。
ランキングサイトにも参加しています。
クリックすると応援になります。どうぞよろしくお願いします↓
