ダンジョンズA 〔4〕花束の宴 (はなたばのうたげ)

31.蛍の光(ほたるのひかり)(1)

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31.蛍ほたるの光ひかり(1)

メロディが、劇(げき)場内(じょうない)に響(ひび)いていた。
アナウンスも、終(お)わりを告(つ)げる。
『エントリーされた全(すべ)ての演目(えんもく)が、終演(しゅうえん)致(いた)しました。今宵(こよい)の花束(はなたば)の宴(うたげ)は、これで終了(しゅうりょう)となります』

蛍(ほたる)の光(ひかり)。終(お)わりに相応(ふさわ)しい曲目(きょくもく)だ。
とっとと帰(かえ)れ。
穏(おだ)やかに、そう促(うなが)す効果(こうか)がある。

だが、ステージに集(つど)った面々(めんめん)のうち、二人(ふたり)は意識(いしき)を失(うしな)っていた。
暁(あかつき)と、みかげだ。

しぴぴぴ……
ド・ジョーが、横(よこ)たわる少女(しょうじょ)達(たち)から、水気(みずけ)を回収(かいしゅう)する。
二人(ふたり)を乗(の)せて運(はこ)んできた水(みず)の帯(おび)は、オーケストラボックスの泉(いずみ)に戻(もど)した。
客席(きゃくせき)フロアーの湖(みずうみ)も、巨人(きょじん)が飲(の)み干(ほ)したかのように、すっからかんだ。
濡(ぬ)れたところなんか、残(のこ)さない。
水(みず)を操(あやつ)る指揮者(しきしゃ)の仕事(しごと)は、完璧(かんぺき)なのだ。

ばらばらに崩(くず)れ落(お)ちていた客席(きゃくせき)が、終演(しゅうえん)のメロディとともに、息(いき)を吹(ふ)き返(かえ)した。
次々(つぎつぎ)と飛(と)び上(あ)がると、各々(おのおの)、整然(せいぜん)と並(なら)び出(だ)す。
これで元通(もとどお)りだ。

「お開(ひら)きだな。俺(おれ)たち住人(じゅうにん)も、そろそろ退場(たいじょう)せにゃならん」
ド・ジョーが、静(しず)かに言(い)った。

色彩(しきさい)の歪(ゆが)んだ水球(すいきゅう)が、ふよふよと碧(あおい)の前(まえ)で止(と)まる。
金色(きんいろ)の魚体(ぎょたい)に纏(まと)わりついているのは、よれよれの水(みず)だった。燕尾服(えんびふく)とトップハットは、もはや見(み)る影(かげ)も無(な)い。

「うん……。ほんとごめんね、ド・ジョー。無理(むり)させちゃって」
碧(あおい)の顔(かお)が、歪(ゆが)んだ。
もう、身(み)なりを整(ととの)えることすらできないんだ。
きっと、力(ちから)は、ほとんど残(のこ)っていないのだろう。

「なあに、たまにはこんな宴(うたげ)も楽(たの)しかったぜ」
にやり
それでも、ニヒルに笑(わら)って見(み)せる。

「暁(あかつき)とみかげも、じきに意識(いしき)を取(と)り戻(もど)すだろう。お前(まえ)さん達(たち)も、帰(かえ)る時間(じかん)だ」
低(ひく)い声(こえ)に、安堵(あんど)が滲(にじ)んでいる。

花束(はなたば)の宴(うたげ)は、終(お)わった。
暁(あかつき)は無事(ぶじ)だ。
全員(ぜんいん)、ケガもしないですんだ。

だけど……。
碧(あおい)の頭(あたま)に、冷静(れいせい)な自分(じぶん)の声(こえ)が響(ひび)く。
まだだ。最後(さいご)の関門(かんもん)が、残(のこ)されてる。
果(は)たして、無事(ぶじ)に帰(かえ)れるかどうか。

もう、いやっていうほど、よく分(わ)かってる。
ここは、決(き)まった帰(かえ)り道(みち)のない迷宮(めいきゅう)だってことが。

「そうね。長居(ながい)しすぎたものねえ。このまま、すぐにお帰(かえ)りなさいな」
マダム・チュウ+999が、同調(どうちょう)する。

桃(もも)が、控(ひか)えめながら異議(いぎ)を唱(とな)えた。
「え? でも、服(ふく)が…」
深紅(しんく)のドレスは、借(か)り物(もの)だ。
着(き)てきた洋服(ようふく)は、更衣室(こういしつ)だ。

「そうだなあ。取(と)りに戻(もど)ってる場合(ばあい)じゃないかあ…」
陽(よう)が、黒(くろ)いタキシードを見下(みお)ろして、ため息(いき)をついた。
こっちのほうが、高価(こうか)なのは間違(まちが)いない。
でも、確実(かくじつ)に叱(しか)られる。
般若(はんにゃ)と化(か)した母(はは)が視(み)える。

桃(もも)も、同(おな)じ未来(みらい)を予知(よち)したらしい。
三(み)ツ矢(や)兄妹(きょうだい)は、揃(そろ)って沈鬱(ちんうつ)な顔(かお)で黙(だま)り込(こ)んだ。

「あ~、でもさ……。マダム・チュウ+999の言(い)う通(とお)りだよ。地宮(ちきゅう)に長時間(ちょうじかん)いると、肉体(にくたい)にダメージが…」
碧(あおい)は、なんともいえない表情(ひょうじょう)だ。

実奈子(みなこ)伯母(おば)さん、怒(おこ)ると怖(こわ)いからな。
穏(おだ)やかに微笑(ほほえ)みつつ、空手(からて)は黒帯(くろおび)だ。
鉄(てつ)伯父(おじ)さんとの馴(な)れ初(そ)めは、高校(こうこう)時代(じだい)の部活(ぶかつ)なのだ。

ゆえに、陽(よう)を叱(しか)りつける際(さい)の迫力(はくりょく)は凄(すさ)まじい。
幼(おさな)いみぎり、碧(あおい)が、べそをかいて代(か)わりに謝(あやま)ってしまったくらいだ。

だが、怒(おこ)られようがなんだろうが、一刻(いっこく)も早(はや)く帰(かえ)るべきなのだ。
体(からだ)にどんな悪(あく)影響(えいきょう)が出(で)るのか、予想(よそう)もつかない。
戻(もど)った途端(とたん)、仲良(なかよ)く全員(ぜんいん)でぶっ倒(たお)れるかもしれないのだ。

「あらん。この服(ふく)どうしたの?って聞(き)かれたら、とっても綺麗(きれい)なマダムにもらったんだって、本当(ほんとう)のことを言(い)えば大丈夫(だいじょうぶ)よん」

「いや、だめだろう、それ」
逆(ぎゃく)に、様々(さまざま)な曲解(きょっかい)を生(う)むのは必至(ひっし)だ。
三ツ矢家(みつやけ)が阿鼻叫喚(あびきょうかん)の巷(ちまた)と化(か)してしまう。

速攻(そっこう)で否定(ひてい)した碧(あおい)の横(よこ)で、陽(よう)は頷(うなず)いている。
「そうかあ」
「ちがうでしょ、お兄(にい)ちゃん」
「納得(なっとく)するな、陽(よう)」

掛(か)け合(あ)い漫才(まんざい)じみた会話(かいわ)の間中(あいだじゅう)、ピンクネズミは、きゃんきゃん喚(わめ)きつつ、ちょこまかと駆(か)け回(まわ)っていた。
みんなの乱(みだ)れた服(ふく)や髪(かみ)が、あっという間(ま)に直(なお)されていく。電光(でんこう)石火(せっか)の早業(はやわざ)だ。

「碧(あおい)、急(いそ)いだほうがいいだろう。とにかく案内板(あんないばん)にアクセスを尋(たず)ねろ」
うにょん
巨大(きょだい)な白鳥(はくちょう)の頸(くび)が、碧(あおい)の横(よこ)で促(うなが)した。
筋肉(きんにく)二郎(じろう)だ。
目元(めもと)の傷(きず)は、伊達(だて)ではない。歴戦(れきせん)の強者(つわもの)は、いつだって冷静(れいせい)だ。

「あ、そうだね」
碧(あおい)も、彼(かれ)には素直(すなお)だ。すぐに胸元(むなもと)に語(かた)り掛(か)けた。
喚(わめ)き続(つづ)けるピンク色(いろ)のやつは、完全(かんぜん)無視(むし)だ。

「案内板(あんないばん)、アクセスを教(おし)えて」
無言(むごん)。なんのリアクションもない。

「あれ?」
首(くび)を傾(かし)げる碧(あおい)に、ド・ジョーが金色(きんいろ)の体(からだ)をくねらせた。人間(にんげん)なら、肩(かた)をすくめていたかもしれない。

「あのなあ。そいつは、浮(うき)舟(ふね)の案内板(あんないばん)だろう。花束(はなたば)の宴(うたげ)が終(お)わったら、使(つか)えねえよ。あっちの鏡(かがみ)を起動(きどう)させて尋(たず)ねるんだな」

そうなんだ。
胸元(むなもと)から、造花(ぞうか)もどきを引(ひ)き抜(ぬ)く。
小(ちい)さなお面(めん)の顔(かお)は、くしゃくしゃの青(あお)い花(はな)びらの中(なか)に引(ひ)っ込(こ)んでしまっていた。
見(み)るからに終了(しゅうりょう)の態(てい)だ。

ずいぶん役(やく)に立(た)ってもらったな。
なんとなく愛着(あいちゃく)が湧(わ)いていたが、持(も)って帰(かえ)るわけにもいかない。

「マダム・チュウ+999、悪(わる)いけど、これ、返(かえ)しておいてくれる?」
「んまっ。お安(やす)い御用(ごよう)よ~」
ころっと、ピンクネズミの機嫌(きげん)が直(なお)った。

はたから見(み)ると、タキシードの少年(しょうねん)が、胸元(むなもと)に挿(さ)した一輪(いちりん)の花(はな)を捧(ささ)げるの図(ず)だった。
碧(あおい)は、それに気(き)づいていない。

居並(いなら)んだマッチョ・スワンズ四羽(よんわ)とド・ジョーは、黙(だま)って互(たが)いに頷(うなず)き合(あ)った。
心(こころ)は一(ひと)つだ。
面倒(めんどう)くさいから、黙(だま)っていよう。

漂(ただよ)う微妙(びみょう)な空気(くうき)には気付(きづ)かず、碧(あおい)はさっさと舞台(ぶたい)の奥(おく)へと進(すす)んだ。

同(おな)じだ。初(はじ)めて、ここに迷(まよ)い込(こ)んだ時(とき)と。
大(おお)きな鏡(かがみ)が7枚(まい)、ステージの中央(ちゅうおう)に、弧(こ)を描(えが)いて置(お)いてある。

全(すべ)て同(おな)じに見(み)えるが、実(じつ)は真(ま)ん中(なか)の一枚(いちまい)だけが違(ちが)う。右下(みぎした)の縁(ふち)に、ピエロのお面(めん)が付(つ)いているのだ。
それが、案内板(あんないばん)だ。

まだ彩色(さいしょく)されていない。
金一色(かねいっしょく)の顔(かお)を認(みと)めて、手(て)を翳(かざ)した時(とき)だ。

「碧(あおい)、そいつに気(き)を付(つ)けろ」
固(かた)い声(こえ)で、ド・ジョーが呟(つぶや)いた。

向(む)かった鏡面(きょうめん)には、自分(じぶん)と水球(すいきゅう)が並(なら)んで映(うつ)っている。
金色(きんいろ)のドジョウは、まっすぐに金色(きんいろ)のピエロを睨(にら)んでいた。

「…どういうこと?」
言(い)っている意味(いみ)も、険(けわ)しい表情(ひょうじょう)の理由(りゆう)も、ぜんぜん分(わ)からない。

「どうも、きなくせえんだよ」
きな臭(くさ)い?
「案内板(あんないばん)が? なにか怪(あや)しいってこと?」
いよいよ意味(いみ)不明(ふめい)だ。

碧(あおい)は、本格的(ほんかくてき)に首(くび)を傾(かし)げた。
だが、ド・ジョーは、ピエロの顔(かお)から視線(しせん)をそらさない。
そのまま口(くち)を開(ひら)いた。まるで自分(じぶん)に言(い)い聞(き)かせているみたいな口(くち)ぶりだ。

「水(みず)は巡(めぐ)る。世界(せかい)が生(い)きている証(あかし)だ。澄(す)んだ流(なが)れだけじゃない。汚(けが)れを浚(さら)って、真(ま)っ黒(くろ)に変(か)わる時(とき)もある。勢(いきお)いを失(うしな)い、澱(よど)み、腐臭(ふしゅう)を放(はな)つこともある」

だが、それも理(ことわり)。
そこに、思(おも)いもかけない急流(きゅうりゅう)が襲(おそ)い、全(すべ)てを流(なが)し尽(つ)くすこともあれば。
さらなる奔流(ほんりゅう)に呑(の)まれ、いつしか太(ふと)い清流(せいりゅう)に姿(すがた)を変(か)えることもある。

「水(みず)は、絶(た)えず姿(すがた)を変(か)えながら、この世界(せかい)を巡(めぐ)り続(つづ)ける。俺(おれ)は、それを感(かん)じることができるのさ。操(あやつ)ることができるのは、ほんの上(うわ)っ面(つら)だけだ」

そうだ。だから間違(まちが)いない。
地宮(ちきゅう)の住人(じゅうにん)は、お面(めん)の顔(かお)に言(い)い放(はな)った。
「こいつの後(うし)ろから、ときどき、汚(きたな)い水(みず)の臭(にお)いがする」

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