カイコン(総フリガナ版)

22.それぞれの決意(総フリガナ版)

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22.それぞれの決意けつい

「すまん。こういうわけだから、延期(えんき)にしよう」
例(れい)のお地蔵(じぞう)様(さま)の前(まえ)。和尚(おしょう)が、甲高(かんだか)い声(こえ)で言(い)った。

どこから見(み)ても、少年(しょうねん)だ。せいぜい6歳(さい)ほどだろう。
トラ猫(ねこ)の耳(みみ)が、くるくる巻(ま)いた黒髪(くろかみ)から突(つ)き出(で)ている。
よれよれのランニングに、半(はん)ズボン。
シルキング0号機(ごうき)も、さすがに裃(かみしも)ではなくなるらしい。

延期(えんき)の理由(りゆう)は、一目瞭然(いちもくりょうぜん)である。

ちさとも、頭(あたま)を下(さ)げた。
「こちらこそ、ごめんなさい。お互(たが)い、これじゃ無理(むり)よね」

初老(しょろう)の上流(じょうりゅう)婦人(ふじん)である。
レースをあしらった洋装(ようそう)であった。すっきりと上品(じょうひん)なデザインだ。
白髪(はくはつ)の頭(あたま)には、服(ふく)に合(あ)わせた帽子(ぼうし)を被(かぶ)っている。黒猫(くろねこ)の耳(みみ)は、さりげなくカバー済(すみ)だ。

「悪(わる)かったなあ、坊(ぼっ)ちゃん」
少年(しょうねん)の和尚(おしょう)が、千里(せんり)を見上(みあ)げて謝(あやま)った。

千里(せんり)だけは、もとの青年(せいねん)のままだった。
相変(あいか)わらず、品(ひん)のいいシャツにベスト。
被(かぶ)っているキャスケット帽(ぼう)も、おしゃれだ。
その上(うえ)、人形(にんぎょう)のように整(ととの)った容貌(ようぼう)である。
人目(ひとめ)を引(ひ)くこと、この上(うえ)ない。

月曜(げつよう)の朝(あさ)でよかった。
ツッコミどころ満載(まんさい)の一行(いっこう)である。
休日(きゅうじつ)だったら、また人(ひと)だかりが出来(でき)ているところだ。

「そうね。ごめんなさいね。あなたは万全(ばんぜん)なのに」
ちさとも謝(あやま)った。きりっとした、綺麗(きれい)なおばあちゃんである。

「いや……。しょうがないし、二人(ふたり)とも謝(あやま)らなくていいよ」
千里(せんり)は、ちょっと赤(あか)くなった。

実(じつ)は、勢(いきお)い込(こ)んで、集合(しゅうごう)時間(じかん)の三十分(さんじゅっぷん)も前(まえ)に着(つ)いていたのだ。
後(あと)から現(あらわ)れた二人(ふたり)に、さぞかし落胆(らくたん)した顔(かお)を向(む)けてしまったに違(ちが)いない。

「んじゃ、仕切(しき)り直(なお)しで。明日(あした)の朝(あさ)9時(じ)に、またここで集合(しゅうごう)でよろしく」
とにかく、やるという意思(いし)は確認(かくにん)できた。
あとは、状況(じょうきょう)が整(ととの)えば決行(けっこう)だ。

だが、それが難題(なんだい)だった。

「あ~、すまん」
翌日(よくじつ)は、和尚(おしょう)がシワシワの老人(ろうじん)になっていた。

「ごめんなさい」
次(つぎ)の日(ひ)は、ちさとが愛(あい)らしい幼女(ようじょ)と化(か)していた。

「微妙(びみょう)、だね……」
千里(せんり)が、眉(まゆ)を曇(くも)らせた。
お次(つぎ)は、揃(そろ)って少年(しょうねん)少女(しょうじょ)になった二人(ふたり)がいたのだ。
12歳(さい)くらいか。自分(じぶん)よりも、すこし幼(おさな)い。

「どうする?」
美(び)少女(しょうじょ)が、ランニング姿(すがた)の下町(したまち)少年(しょうねん)に尋(たず)ねる。
「う~ん。やってやれないことはないけど、デカい山(やま)だからな。今日(きょう)はやめとこう」

もはや、お地蔵(じぞう)様(さま)のお世話(せわ)をしに来(く)るおばちゃん達(たち)とも顔(かお)なじみである。

「おはよ~ございま~す」
三人(さんにん)が挨拶(あいさつ)すると、割烹(かっぽう)着(ぎ)姿(すがた)でやって来(き)た今日(きょう)のお当番(とうばん)さんは、気(き)さくに笑(わら)った。
「おはよう、ネコ耳(みみ)さんたち。あらまあ、また可愛(かわい)くなっちゃって。お嬢(じょう)ちゃん、お人形(にんぎょう)さんみたいじゃないか」

そして、なんとなく三人(さんにん)とも手伝(てつだ)う。
もはや日課(にっか)だ。
お地蔵(じぞう)様(さま)や周(まわ)りのお掃除(そうじ)とか、お花(はな)やお水(みず)の取(と)り換(か)えとか。
商店街(しょうてんがい)の皆(みんな)で、持(も)ち回(まわ)りでやっているのだそうだ。

「ね~、おばちゃん。このお地蔵(じぞう)様(さま)ってさあ、何(なに)をお祀(まつ)りしてんの?」
少年(しょうねん)の和尚(おしょう)が尋(たず)ねた。
人好(ひとず)きのする、やんちゃ坊主(ぼうず)である。
お花(はな)を持(も)つトラ猫(ねこ)の耳(みみ)が、ぴるぴるしている。

おばちゃんは、掃除(そうじ)の手(て)を止(と)めずに答(こた)えた。
「今時(いまどき)の子(こ)は知(し)らないかい。戦争(せんそう)の時(とき)に、ひどい空襲(くうしゅう)があってね。この辺(あた)りでも、沢山(たくさん)の人(ひと)が死(し)んだんだよ。お地蔵(じぞう)様(さま)ひとつの供養(くよう)じゃ、足(た)りないくらいさ」

美(び)少女(しょうじょ)ちさとが、首(くび)を傾(かし)げた。
今日(きょう)の服(ふく)は、黒(くろ)と白(しろ)のモノトーンコーデだ。喪服(もふく)っぽいフォーマルの、お嬢(じょう)様(さま)である。

黒猫(くろねこ)の耳(みみ)が、ぺたんと伏(ふ)せた。
「東京(とうきょう)大空襲(だいくうしゅう)ですか? 確(たし)か、歴史(れきし)の教科書(きょうかしょ)には、およそ千人(せんにん)くらいの犠牲(ぎせい)が出(で)たって書(か)いてあったけど」
それって、ここのことだったのかしら。

すると、おばちゃんは箒(ほうき)を止(と)めた。
顔(かお)が、驚愕(きょうがく)と怒(いか)りで歪(ゆが)んでいる。
「なんだって!? 千人(せんにん)どころじゃないよ、絶対(ぜったい)に! 教科書(きょうかしょ)は何(なに)を書(か)いてんだろうね」

「和尚(おしょう)、覚(おぼ)えてる?」
ちさとが、小声(こごえ)で尋(たず)ねた。記憶(きおく)違(ちが)いかしら。

「俺(おれ)が教科書(きょうかしょ)の内容(ないよう)を覚(おぼ)えてるわけあるかい」
胸(むね)を張(は)って、和尚(おしょう)は答(こた)えた。

やれやれ。呆(あき)れ顔(がお)のちさとに、千里(せんり)も申(もう)し訳(わけ)なさそうに申告(しんこく)する。
「あ~、ごめん。オレも分(わ)かんないや」

どうも、知識面(ちしきめん)では、あてにならないメンツのようだ。

「あっちのお寺(てら)さんに、駄菓子屋(だがしや)さんがあるよ。なんか買(か)ったらいいさ」
そう言(い)って、今日(きょう)のおばちゃんは、お駄賃(だちん)をくれた。
確(たし)かに、駄菓子(だがし)しか買(か)えない金額(きんがく)である。

「暇(ひま)だから行(い)ってみっか」
和尚(おしょう)の音頭(おんど)で足(あし)を運(はこ)ぶと、境内(けいだい)の一角(いっかく)に、あばら家(や)が建(た)っていた。

中(なか)に入った千里(せんり)は、物珍(ものめずら)しそうにきょろきょろしている。
所狭(ところせま)しと並(なら)べられた駄菓子(だがし)の箱(はこ)。
ボール紙(がみ)に貼(は)り付(つ)けられたチープな玩具(がんぐ)が、壁(かべ)一面(いちめん)を覆(おお)っている。


「なんだ、坊(ぼっ)ちゃんは駄菓子屋(だがしや)さんに来(き)た事(こと)ないのかよ」
からかう和尚(おしょう)に、千里(せんり)がこくりと素直(すなお)に頷(うなず)いた。どうやら本当(ほんとう)にそうらしい。

「お菓子(かし)がいい? 玩具(おもちゃ)がいいの?」
ちさとが、優(やさ)しく促(うなが)した。

「えっと、食(た)べるものじゃないほうがいい」
すると、ちさとはちゃんと説明(せつめい)してくれた。
けっこう面倒(めんどう)見(み)がいいらしい。
これは竹(たけ)とんぼ。ベーゴマ。めんこ。リリアン……。

和尚(おしょう)が、いちいち横(よこ)から茶々(ちゃちゃ)を入(い)れる。
「ベーゴマなんて、一個(いっこ)持(も)ってたってしょうがねえだろ」
「リリアン編(あ)むのかよ。作(つく)ってどうすんだ」

やかましい買(か)い物(もの)を、店番(みせばん)のおばあちゃんが仏(ほとけ)のような笑顔(えがお)で見守(みまも)っている。

お寺(てら)の縁側(えんがわ)に座(すわ)り込(こ)んで、三人(さんにん)は勝手(かって)に寛(くつろ)いだ。
境内(けいだい)の木々(きぎ)が、緑(みどり)に輝(かがや)いている。
初夏(しょか)の風(かぜ)が気持(きも)ちいい。

ふう、とシャボン玉(だま)を吹(ふ)いて、千里(せんり)が変(へん)な顔(かお)をした。
ぼたぼた液(えき)が垂(た)れるだけで、全然(ぜんぜん)飛(と)んでいかない。

「お前(まえ)、下手(へた)だなあ。こうやるんだよ」
酢(す)イカの串(くし)を口(くち)から出(だ)して、和尚(おしょう)がストローを奪(うば)った。
ふうっ……!

小(ちい)さなシャボン玉(だま)が、連続(れんぞく)して噴(ふ)き出(だ)されていく。
虹(にじ)色(いろ)に光(ひか)る球(たま)が、空(そら)へと舞(ま)った。
そして、次々(つぎつぎ)消(き)えていく。

目(め)を瞠(みは)って見(み)つめていた千里(せんり)は、ふっと微笑(ほほえ)んだ。
なんだか悲(かな)し気(げ)な顔(がお)だ。

なにかしら?
ちさとは、内心(ないしん)で首(くび)を傾(かし)げた。
シャボン玉(だま)が上手(うま)くできないだけで?
なんだか、ひっかかる……。

「はい、ちさともやって。オレ、下手(へた)だから」
ピンク色(いろ)のストローが差(さ)し出(だ)されていた。
千里(せんり)は、もう屈託(くったく)のない笑顔(えがお)に戻(もど)っている。

「うん」
ちさとは、くすりと微笑(ほほえ)むと、口(くち)から紐付(ひもつ)き飴(あめ)を出(だ)した。
三(さん)角錐(かくすい)の小(ちい)さな赤(あか)い飴(あめ)が、紐(ひも)の先(さき)っちょにぶら下(さ)がっている。
ハズレの飴(あめ)だ。引(ひ)いた時(とき)、和尚(おしょう)の方(ほう)が大声(おおごえ)でがっかりしていた。

ふうっ……
久(ひさ)しぶりだ。懐(なつ)かしい。
飛(と)んでいくシャボン玉(だま)を目(め)で追(お)っていたら、はっと気(き)が付(つ)いた。

カラスだ。
一羽(いちわ)、木(き)の枝(えだ)にとまっていた。
明(あき)らかに、こっちを見(み)ている。

黒(くろ)い羽(はね)。大(おお)きな嘴(くちばし)。
そして、その足(あし)は三本(さんぼん)あった。
「ヤタガラスだわ……」

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