ダンジョンズA〔1〕ガルニエ宮(裏メニュー)

8.ド・ジョー(1)裏メニュー

当サイトは広告を利用しています プライバシーポリシー   

8.ド・ジョー(1)

水の上に立っている、金色のドジョウ。
ありのままに言うと、そうなる。

(あかつき)は、思わず見とれていた。

なんて綺麗なんだろう。
黄金で出来ているみたいだ。
魚なのに、人間みたいに背筋を伸ばして、ピーンと真っすぐに立っている。水面にだ。

ドジョウって、こんな大きさだったっけ?
しみじみと実物を観察したことなんかない。
地元商店街の夏祭りで、ドジョウ(すく)いをやったことはあるけど、あれは激しく動いていた。
それに、母親が激しく嫌がった為、お持ち帰りできなかったのだ。

直立している姿は、かなり小さかった。
人差し指くらいだ。

でろでろと水底に横たわっていて、色も茶色っぽい。それが、ドジョウ本来の姿だろう。
目の前にいるのは、例外の極みだ。
そもそも比較の対象にならない。

暁は、水面に頭を出したまま、ただ見つめていた。
きっと、さっき砂の中にいたヒモもどきが、これだ。この金色ドジョウで間違いない。

こぽぽぽ……
立っているドジョウの足元から、音を立てて水が盛り上がってきた。
いや、足じゃなかった。尾びれだ。

水は、細い水柱になって伸びていく。
金色のドジョウを、てっぺんに乗せて。

すうーっ
水柱が動いた。
暁に近づいて、ぴたりと止まる。
ちょうど目線と同じ高さに、ドジョウがきた。

金色の魚体には、水が(まと)わりついている。
よく見ると、それは服と帽子の形になっていた。
襟やボタン、帽子の(つば)までもが、きちんと形作られている。
水で出来たトレンチコートとソフト帽なのだ。
すごい。

「うわっ……」
ずぶっと、暁の頭が沈んだ。
見惚れるあまり、手足がお留守になってしまったのだ。

暁は、じたばたと浮き上がった。
水が、鼻の穴から容赦なく侵入してくる。
ツーンとした。疲れた体に、大ダメージだ。
水を掻く両腕も、キックする足も、のろのろとしか動かない。

「そんなに驚いてもらって恐縮だぜ、お嬢さんよ」
ドジョウが喋ってるんだから、そりゃ驚く。

加えて、その声も、びっくりだった。
今まで聞いたことがないくらい、低い。
音階の最下層だろう。
年を取ったウシガエルの鳴き声と比べても、きっと遥かに低い。

ドジョウは、また口を開いた。
「他人の主義に口を出す気はないんだがな。俺の泉は、ちと冷たいぜ」

ひょこひょこ
しゃべると、何本も生えている口元のヒゲがうごめく。
ドジョウだから仕方がないのかもしれないが、ずいぶんと、おじさんっぽい。

いちいち(はす)に構えた言い草。
それに、トレンチコートとソフト帽ときた。
どうやら、ハードボイルドなドジョウのようだ。

あれ?

ドジョウが、そう言った直後だった。
温かい水が勢いよく突き上げて来たのだ。
瞬く間に、裸の暁を包み込む。
今度こそ、本物のジャグジー風呂だ。

凍えて強張った体が、じんわり解けていった。
それに、これなら手足をゆっくり動かすだけで、余裕で浮いていられる。
ほー……。暁は息をついた。

にやり
小さな金色ドジョウのおじさんが、笑った。
片方の目だけを上げた、ずいぶんと器用な笑い方だ。
癖のある性格がにじみ出ている。

でも、間違いない。これをしてくれてるのは、このドジョウさんだ。
「あ」
ありがとう。
お礼の途中で、突如、大声が響き渡った。

「暁!!」
(あおい)だ。
暁は、ぷかぷか浮かびながら、ステージを見上げた。
「ん?」
そして、首を傾げた。

碧は、なぜかモップを大きく振りかざしたままで、固まっていた。
臨戦態勢だ。
こわばった顔は、金ぴかドジョウを凝視している。

碧の言いたいことは、表情だけで分かった。
信じられない。しゃべってる?!

だが、ハードボイルドなドジョウは、まったく意に介さなかった。
にょろっと碧を見上げ、お世辞程度に驚いた顔をしてみせただけだ。
振り上げられた武器を前に、余裕たっぷりな態度である。

「おう、なんだ、威勢のいい坊ちゃんだな。嬢ちゃんは、あそこに返せばいいのか?」
なんだか面白がっている口調だ。

すると。
水が、瞬時に動いた。

ずざぁ……っ
暁の周りだけ、水面が盛り上がっていく。
今度は、人ひとり乗せられる太さの水柱だ。

浮かんだ楽器は、邪魔にならないように、泉の端っこへと避難していく。
今は、沈んでいた分も揃ってフルオーケストラだから、結構な数だ。

にょろん
暁を乗せた水柱が、あり得ない動きをした。
大きな手に化けたのだ。

「嘘だろ、おい……」
碧が、目を()く。

にゅううっ
(たなごころ)に裸の少女を乗せて、水の手首が伸びた。
オーケストラボックスの水面から、舞台の上まで持ちあがる。

乗客の暁も、さすがに驚きで固まっていた。
じっと運ばれるままだ。

ぐいっ
水の手が、暁をステージに差し出した。
舞台の上すれすれに浮かんだ掌は、どんどんと厚みを減らしていく。

ことん
濡れた暁の体が、優しくステージに降ろされた。
これで完了だ。
手に化けていた水は、ぐちゃぐちゃに崩れて、あっという間に泉に戻っていった。

フリーズしていた暁が、はっと我に返った。
「どうもありがとう、ドジョウさん!」
ステージにお尻をぺたんと着いたまま、輝くような笑顔を浮かべる。

中身は規格外だが、外見だけは並外れた美少女の暁だ。
フル出力で感謝の意を示すと、凄まじい威力を発揮する。
碧の知る限り、大抵の大人は、めろめろだ。

だが、ハードボイルドなドジョウには効かない模様だった。
無表情で、ひょろひょろした水柱の上から、座っている暁を見つめている。
泉から舞台の高さまで、水柱を伸ばして立っているのだ。

彼は、丸っこい目を、またもや片っぽだけ吊り上げた。
水で出来たソフト帽も、くいっと動く。

金色の口ひげをうごめかすと、一言。
超絶低音の声で、こう言い放った。
「違うな」

暁が、きょとんとした。

碧も、座り込む暁の後ろで、立ちすくんでいた。
振りかざしたモップが、ずるずると降ろされる。

金色のドジョウは、そんな二人を悠然と見返した。
余裕の笑みを浮かべて、胸ビレを手みたいに頭にかざす。
すると、ソフト帽を形作っていた水流が、そっちの方へ移動した。
ピンと伸びた体が、にょろっと曲がる。
要は、帽子を脱いで、お辞儀をしたわけだ。

彼は、低い声で、自己紹介した。
「俺の名前は、ド・ジョーだ。ドジョウじゃない。アクセントは頭に付けてくれ」

違うって、そこか。
彼は、お手本まで示してみせた。
英会話の先生みたいだ。
「ド・ジョー」

「ド・ジョー」
暁は、元気よく繰り返した。
後ろの碧も、つられて呆然と復唱している。

「私、暁!」
暁は、嬉しそうに自分を指さした。
いよいよ英会話の授業みたいになってきた。
自己紹介の時間だ。

暁は、勢いよく振り返って、碧を仰ぎ見た。
ああ。暁の笑顔が、当然のように促している。
次は碧の番だよ。

碧は、暁ほど適応能力に優れてはいない。
だが、協調性には優れていた。

「あー。俺は、碧です。あの、暁を助けて下さったみたいで、有難うございました」

碧は、ちゃんと名乗った上で、深々とお辞儀をした。
ほとんど条件反射だ。頭の方は、現状についていっていない。
誰だって、ドジョウに向かってお礼を言う日が来るとは思わないだろう。

「おう。もう少し元気がありゃ、100点満点の挨拶だな」
まさかの、ドジョウによるダメ出しがされた。
予想だにしないことの連続だ。

だが、予想どころか、見当もつかないことを、ド・ジョーは続けて言った。
「久しぶりのお客さんだぜ。ようこそ、オーロラの地宮(ちきゅう)へ」

間仕切り線

読んで下さって、有難うございます! 以下のサイトあてに感想・評価・スキなどをお寄せ頂けましたら、とても嬉しいです。

ロゴ画像からサイトの著者ページへと移動します

ランキングサイトにも参加しています。
クリックすると応援になります。どうぞよろしくおいします↓

小説全ての目次ページへ

免責事項・著作権について リンクについて