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8.シューター(1)
「表布を手に入れたから、次は裏布ね。カツラギは何階かしら?」
廊下の突き当りで止まると、マダム・チュウ+999は、浮かぶピエロのお面に尋ねた。
こっち端にも、螺旋滑り台があった。
向こう端のと、まったく同じだ。
黒いタイルが、白い壁に階数の数字を描いている。
カクカクした28だ。
「あのさ、マダム・チュウ+999。そういう順番じゃなくて、もっと効率的な方法でいこうよ」
碧が遮った。単純に文句を垂れている口調ではない。
「ああ。なんか、いい手があるのかあ」
すぐに察した陽に、碧は力強く頷いた。
外廊下の欄干に向かって、声を張り上げる。
「ねえ、ド・ジョー! さっきみたいに、手摺に水でスクリーンを作ってよ。案内板に西館の図を映してもらうから」
ぷしゅうっ
小さな水柱が立ち上った。
金色のドジョウが、てっぺんに寝そべっていた。昼寝を決め込んでいた様子だ。
「んあー、あれか。そんなら、そこの壁に映してもらやあいいじゃねえか。人使いが荒い奴だぜ」
ドジョウ使い、だよな。正しくは。
反射的に思ったが、碧が反論するより、暁の方が早かった。浮かぶお面に尋ねる。
「案内板さん、できる?」
『はい。西館の図を投影します』
ピエロの両目が、カッと光線を放った。
突き当りの壁に、地下100階建ての宮殿が映し出された。
さっきと同じ画像だが、少し大きい。
「よかった!」
にこにこする暁に、碧が細かいことを言う。
「線が、なんかガタガタしてる。なんでだろ?」
「ああ、壁にタイルが張ってあるからだろ」
陽が、あっさり説いた。
なるほど。目を凝らせば、碧にも分かった。
四角形のタイルが、びっちりと壁に敷き詰められている。
数字を描いている部分だけが、黒いタイルになっているのだ。
まあいいか。これだけ映れば、支障はない。
碧は、浮かぶ案内板に聞いた。
「最初にマダム・チュウ+999が言った物を覚えてる?」
表布に使う、バックサテンシャンタン。
裏布用に、カツラギね。
それから、チュール30デニールと50デニール。
ツンの部分に、パワーネットソフトの白よ。
オーバースカートに、オーガンジーもね!
『はい。6点の品でした』
「じゃあ、それが蔵ってある場所を、この図に表示してほしい」
『了解しました。バックサテンシャンタンは、既に取得しています。残り5点の現在位置を表示します』
ポーン
軽やかな音と共に、5つの星が出た。
ばらばらの位置で点灯している。
数字も追加されていた。上のフロアーから、1・2・3と順に数字が振ってある。
階数表示だ。
「28」のフロアーは、べったりと赤く塗り潰されていた。なるほど。現在地は、ここだ。
赤い板の上にある星は、1つ。
残りの4つは、下に点在している。
「ここに蔵ってあるのは、なに?」
現在地から一番近くにある星を指して、碧が尋ねた。
『チュール30デニールです。地下32階、Eの部屋に収納されています』
碧は、画像を指さしながら、居並ぶ面々に説明した。
「滑り台だと、下方向の移動しかできないだろ。だから、下にある物を、近いところから順番に取っていったほうが、効率的だよ。材料のメモ順じゃなくてさ。上の階にある物は、そのあとシャッフルしてもらえばいい」
おおー!
聴衆から感嘆の声が上がった。
マダム・チュウ+999も、目をハートにしている。
でかくなったぶん、オネエな迫力が割り増しだ。
ド・ジョーまで、手摺の上で、胸ビレを叩いていた。拍手喝采である。
ところが。
水を差すとは、まさにこのことだ。
しゃあああっ……
水音が響き渡った。
全員、同時に振り返った。
手すりの上から、噴水が沸き上がっている。
「え? ちょっと待って。ド・ジョー、やめてよ」
「いや、俺じゃねえ」
碧に応えた直後、金色ドジョウの姿が消えた。
噴水が、上に吹っ飛ばしたのだ。
どどどぉ……っ
水音が、激しさを増してゆく。
瞬く間に、外廊下は滝の裏側と化した。
ただし、流れは逆向きだ。分厚い幕になった水は、勢いよく上に吹き上げている。
ぐらり
揺れた。
「うわ!」
身構えていても、なんの役にも立たなかった。
碧が、よろけた。暁も同じだ。
幼児サイズのピンクネズミは、涼しい顔で突っ立っている。
陽も、びくともしない。
どっしり感が、いい勝負だ。
カタカタ……
どこからか、水音とは異なる音がした。
陽が、気付いて顔を向けた。
壁からだ。
映し出された画像が、細かくブレていた。
いや、違う。壁の方が、揺れているのだ。
すぽっ
唐突に、タイルが数個、陥没した。
階数表示の右下あたりだ。
黒い数字に力強くドットを打ったかのように、そこだけ、めり込んでしまっている。
そこからは早かった。
シャカシャカ シャカシャカ
一斉に、タイルが動き出した。
陽ですら、目で追えないスピードだ。
凹んで空いた場所を利用し、縦横に滑って移動していく。スライドパズルだ。
階数の数字が、瞬く間に壊れた。
バラバラになった黒いタイルが、新たな数字を形作る。
77
『オートシャッフルが発生しました。現在、ここは地下77階です』
「ええー!?」
三人とも叫んだ。
碧の声が、ひときわ悲痛に響く
壁面には、映像が、再びクリアに映し出されていた。
現在位置が、ぐっと下がっている。
星の位置も、変わっていた。
4つの星は、みんな、赤い板の上で光っている。
そして、あろうことか、建物の画像が二つに増えてるではないか。
そちらにも、星が1つ。
「どういうことだよ?!」
碧が、食って掛かった。
だが、相手は全く意に介さない。
『今回は、たまたまタイミングが合い、二つの館のオートシャッフルが同時に起こりました。ダブルオートシャッフルといいます。この場合は、マーカーを除き、東西間でフロアが移動します』
「……聞いてないよ、そんなこと」
碧が唸る。だが、恨み言も通じない。
『はい、この説明をお聞きになるのは初めてです』
「ま、人生とオートシャッフルは、自分の思い通りにゃいかないものだぜ」
重々しく告げる声がした。
「あれ、ド・ジョー。戻って来てたの?」
暁が、手摺に向かって話しかけた。
金色のドジョウが、いつの間にか手摺の上に立っていた。
口調はハードボイルドだが、がっくりした碧に向ける視線は、ちょっと気の毒そうだ。
『このダブルオートシャッフルで、チュール30デニールは、東館に移動しました。東館地下90階、Jの部屋です』
ご丁寧に、とどめを刺す案内が流れる。
碧のダメージは、甚大だ。
陽が、励ますように明るく言った。
「とにかく、さっき碧が言った通りでやろう。下にあるものから、順番に取りに行くんだ」
「うん! でも、ここより下にあるのって、東館だよ。どうやって行けばいいの?」
暁が、向かいの建物を指さした。
『シューターで移動することができます。必要な時に出す、滑り台のようなものです』
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