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13.増殖(2)
バトンは手渡された。
裁縫レベル全人類最下位保持者から、まともな処理能力を持った小学5年生男子へと。
「碧、すごいねえ」
暁が、心から褒める。
いや、チェコの印通りに切ってるだけだぞ。
「はい、これでいい?」
「オッケーよ。ああ! なんてスムースなのかしら! 素晴らしいわ!」
マダム・チュウ+999まで、感激に身を震わせている。
どれだけ暁が壊滅的だったのか、推し量れようものだ。
称賛を浴びる碧を、陽が、うんうん頷きながら笑顔で見守っている。
なんだか、得意げだ。
授業参観に来た父親か、おまえは。
「碧、これもお願いねん」
「あーはいはい」
「あっ、私もやろうか?」
暁が申し出る。
マダム・チュウ+999とみかげの声が、間髪入れずにハモった。
「お願い。暁は見てて頂戴」
カツン カツン カツン カツン
連続で、ドアを打ち付ける音がした。
ノックだ。陽が、扉に近づいて応える。
「はい?」
『自己修復作業が完了致しました。アオイの所に戻るよう、指示を受けています』
「案内板さん? 直ったんだ!」
声を聞いて、暁も飛ぶようにやって来る。
ドアを開けると、浮かんだピエロのお面が、頭を飛び越して侵入してきた。
ぐるりと宙から見渡すと、作業机の方へ一直線に飛んでいく。
『あなたがアオイですね?』
ぐるぐる
碧の頭上を旋回しながら、案内板が尋ねた。
懐いている犬みたいな動きだ。
「うん、俺が碧。よかったね、直って」
碧が、思わず笑顔になった。
『認識完了。碧の所に戻りました』
「名前、呼んでるなあ」
陽が感心する。そんな機能があったとは。
「すごいなあ、いいなあ」
暁は、羨ましそうに碧を見た。
すぐさま、大きな声で案内板に話しかける。
自分だって、覚えてもらいたい。
「私は暁だよ。ア・カ・ツ・キ!」
くるん
笑ったピエロの顔が、暁の方を向いた。
『暁。認識しました』
「でね、こっちが、陽。ヨ・ウ!」
くるん
今度は陽を見る。
双方、地顔が笑顔だ。
『陽。認識しました』
碧は、苦笑を浮かべた。
「何やってるんだよ、もう帰るのに」
裁ち終えたパーツをマダム・チュウ+999に手渡すと、ハサミをきちんと元に戻す。
立つ鳥、跡を濁さずだ。
「じゃ、案内板が直ったから、か」
「待って!」
必死な声が、遮った。
みかげだ。
すうっ
透明なフィルムの体が、あっという間に碧の前に立ちふさがった。
「すぐに出来上がるから! それまで帰らないで!」
「いや、すぐって、無理でしょ」
碧は、冷静に切り返した。
作業台には、各パーツが散らばっている。
まだ、チュチュの形になっていない段階だ。
セピア色の顔が、焦りを浮かべた。
まだ早いわ。せめて形にしてから、暁と並べて、感じを見たいのに。
着せるまでは、無理だとしても。
ふっと、フィルムの顔が、何かを決意したような表情に変わった。
すると。
ぺら
ぺらぺら
ぺらぺらぺら
「う、うわあああっ!?」
碧の声が、ひっくり返った。
もうちょっとで、体も、ひっくり返っていたところだ。
お化け屋敷だって、こんなに怖い見世物は出てこない。
みかげの透明な体は、てっぺんから二枚に裂けていた。まるで、張り合わせたフィルムを剥がすみたいに。
下半身は、まだ一つだ。腰から上だけが、二枚に分かれて、ぺらぺら揺れている。
ぶら下がった二つの顔が、同時に言った。
「「増えるから」」
絶句している碧の前で、みかげは、どんどん裂けていく。
やがて、最後まで分かれた。
二枚のみかげの出来上がりだ。
だが、終わりじゃなかった。
その二体も、また、ぺらぺらと上から剥がれていく。
二枚が四枚。
四枚が八枚。
ガマの油売りの口上だ。
増殖したみかげ達が、声を揃えて言った。
「「「「「「「「すぐに、できあがるわ」」」」」」」」
「うわあ、すごいね、みかげちゃん! 増えるんだ」
暁の感心した声で、碧が我に返った。
にこにこ笑っている。
幼馴染は、足も所作も速い。そして、事態を受け入れる速度まで、人並外れているのだ。
ぜったい、真似できない。
「びっくりしたなあ」
陽の顔にも、驚きが浮かんでいる。
だが、怯えた色は無い。
胆力が桁違いなのもあるが、そのせいだけじゃない。
この「はとこ」は、お化け屋敷でお化けに挨拶する、とんちきな奴だからだ。
びびっていた碧も、一気に冷静になった。
自分以外のリアクションが、普通じゃなさすぎる。
室内は、あれよあれよという間に、ぺらぺら人間で溢れ返っていた。
セピア色の同じ顔が、いくつも、恨めし気に碧を見つめてくる。
無視して帰ったら、集団で呪われそうな雰囲気だ。
「最初からやってくれよ、それ……」
手で顔を覆って、碧が嘆いた。
もっともだ。
「ほんと、最近の子は、格好も変わってるけど、突拍子もないことするわねん」
マダム・チュウ+999にも、予想外だったようだ。作業机の上で、苦笑している。
「でも、これなら早く仕上がるでしょうよ。ねえ、あなた達。突貫工事で進めるから、もうしばらくだけ、付き合ってくれないかしら」
「いいよね、ちょっとなら」
暁が、鷹揚に了承する。
陽も、微笑んで同意した。
こうなったら逆らえない。
碧の協調性は、ウルトラ級なのである。
不承不承、頷くしかなかった。
確かに、作業時間が大幅に短縮されたのは、明らかだった。
増殖したみかげは、一人ひとりが、それぞれ自分の判断で働いている。
布地を広げて型紙をのせる者。
ハサミで布地を裁つ者。
ミシンで縫う者。
流れ作業が、急ピッチで進んでいく。
戦力の増強は、申し分ない。
「ボンの部分の縫い方が、いまひとつ分からないんだけど」
みかげの一人が、マダム・チュウ+999に尋ねた。
やはり、テクニカルな面では、未熟さが否めない。どうしたって、彼女も子どもなのだ。
だが。
「あら、それなら案内板に検索してもらえばいいわ」
『該当する動画を再生します』
ピエロのお面は、いつの間にか、鏡の縁に戻っていた。
すぐに、鏡面に映像が映し出される。
指導面も、ばっちりだ。
見ているだけで、どんな工程でチュチュが縫いあがるのかが分かってくる。
映像の力って、すごいよなあ。
感心して眺めている碧に、オネエネズミの声が飛んだ。
「碧! この反物を、机の上からどけて。とりあえず、壁に立てかけておいて頂戴」
立て続けに、みかげ達も順繰りに畳みかける。
「あ、次は、オーロラ・ピンクのチュールね」
「印、付け終わったわ」
「じゃあ、碧、切って。はい、裁ちバサミ」
「え? 俺? こんなにいるんだから、もう俺はやらなくてもいいだろ」
戸惑った顔で、碧が反論した。
人心地付いて座っている観客席から、引きずり出される気分だ。
ぴたり
みかげ全員とピンクネズミ一匹が、動きを止めた。
じいい……
複数の瞳が、こう言っている。
使える奴は、逃がさない。
「……わ、わかった」
迫力負けした碧は、再び作業机に舞い戻った。
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