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3.オニコイ
どういうことかしら……。
休まず箸を動かしながら、真維は昨夜の出来事を思い返していた。
大江山女子中学高等学校。
この4月から真維が通っている学校なのだ。
女子教育の草分け。先の大戦後も生き残った、伝統ある学園だ。
当然、入学試験は難易度が高い。
だが、真維の実母である一枝は、この学校の卒業生だった。継母の二奈も。
ダブルで「子女枠」の申請が可能だった。
要は選考の際に下駄を履かせてもらえる制度だ。
でも、真維の成績も決して悪くは無い。
無事に子女枠無しで合格して、晴れて春から中学一年生。
何事もなければ、高校までエスカレーターだ。
昨夜。ニーナママを乗せた駕籠は、確かにその母校の中へと入って行ったのだ。
何か関係があるのかしら……。
「お嬢様、お代わりは?」
女中の麻さんが、手を伸ばしていた。
空っぽになっているお茶碗を受け取ろうとしている。
「あ、頂きます」
条件反射で手渡してから、真維は父親を見遣った。
どんより……
朝の爽やかな空気が、そこだけ重たく淀んでいる。箸も全然進んでいない。
あ~、大丈夫かな。眠れなかったのかしら。
だが、父の心労の半分は、真維のせいであった。
鬼を追っかけて行った娘は、待てど暮らせど帰ってこない。
やっぱり交番に行こう。
そう決心したところに、鉄砲玉の娘がようやく帰宅した。
実は再び猛ダッシュして戻って来たのだが、けろりとしているのが真維の凄いところだ。
「ただいま戻りました」
「ま、真維、無事でよかった……」
ほっと息をついてから、父親はキッと眉を吊り上げた。
なんて無謀なことをしたものだろう。
ところが。
「お嬢様、もう遅うございます。お話は朝にして、今日はもうお休みなさいませ」
麻さんが厳然と宣告したお陰で、お説教は不発に終わった。
これ幸いと自室に引き上げ、ぐっすり眠ったのだが、昨夜の出来事は話せていない。
朝ご飯の時に言えばいいわよね。
そう思っていたのだが、一夜明けたら、父親は声を掛けづらいほどの落ち込みっぷりだ。
「お嬢様、今朝のお味噌汁はいかがですか? 新ジャガイモを具に入れてみましたが」
麻さんも、もっぱら真維に話しかけてくる。
ほんわり湯気を立てるお椀から、味噌の香りが立つ。甘みのある新ジャガが、底に沢山隠れていた。
ぱああっ
真維の顔が輝いた。大好物なのだ。
「美味しいです」
ほう……っ
麻さんの頬も緩んだ。
可愛い。
身に付けた中学の制服も、とっても似合っている。女学生時代の一枝様を彷彿とさせる。
行儀よく、もりもりと平らげるお嬢様。
そして……陰気な顔で打ち沈む旦那様。
主人一家を陰で支える女中、麻は、心の中で誓った。
一枝様、私が真維様をお守りします!
そう、全身全霊で。一族のためにも。
結局、親子の会話は無いまま、朝食を食べ終わってしまった。
まあいいわよね、帰ってからでも。
もたもたしていたら、遅刻してしまう。
「ご馳走様でした。お父さん、お先に失礼致します」
「あ? ああ……」
生返事だ。ほんと平気かな。
無理もない。父親は、二奈も鬼に殺されたと思っている。
最初の妻、一枝と同様に。
でも。
真維は、確信していた。
きっと、お母さん達は生きている。どこかで。
実は、一枝が嫁攫いにあった後、しょげかえる幼い真維を見かねて、麻さんはこう言ったのだ。
「大丈夫ですよ、お嬢様。一枝様は遠くで見守って下さっています」
「……天国で?」
「いいえ、違います」
きっぱりと否定された。
思わず涙が引っ込んだ真維に、婆やは静かにこう告げたのだ。
「いずれお分かりになります」
それから。
誕生日を迎えたときに、プレゼントを手渡された。
目で問いかける真維に、麻はただ黙って深く頷いたのだ。
宝石箱みたいなオルゴール。
次の年は、お気に入りの訪問着にぴったりの、絹地に刺繍された可愛いリボン。
その次は、欲しいと思っていたテディベア。
今年の誕生日には、革靴を渡された。
洒落たデザインなのに、動きやすい。
そして、誂えたようにジャストサイズだった。
お母さんだ。
真維のことを知り尽くしたプレゼントの数々。
麻婆や自身が、真維を力づけようと手配してくれた可能性もある。
だが、どれも女中の給料で気軽に買える品ではない。
何か事情があって、お母さんは姿を消しているんだ。
だから、同じように攫われたニーナママも、きっと生きている。
学校だ。
手がかりは、きっとそこにある。
真維は、学生鞄と補助バッグを提げて、自室を出た。
教科書に辞書、今日は体操着と扇まで入っているから、結構な大荷物だ。
大江山女子中学高等学校には、伝統の舞がある。最終学年になったら、体育祭で踊るのだ。
その基本指導は、一年次から始まっていた。
これからは、体育のたびに、この微妙に嵩張る扇を持ち歩くことになるわけだ。
ととと……
軽い足音が、真維の耳に届いた。
忍びやかな、ほんの小さな足音だ。
ふっと、真維は廊下を振り返った。
え?
瞬く間に、その姿は消えていた。
だが、確かに見た。真維は、耳だけでなく目もいいのだ。
見間違いじゃない。
それは、赤い小鬼であった。




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